京都伝統文化の森プロジェクト

コラム

2020年09月09日 伝統文化の森

森と台風,そして私達
石原正恵(京都大学 フィールド科学教育研究センター・芦生研究林 林長・准教授)

森と台風,そして私達

石原正恵

(京都大学フィールド科学教育研究センター・芦生研究林 林長・准教授)

 

台風は我々人間社会にとっては無いほうがよい存在と言えるかもしれないが,森林から見ると必ずしもそうではない。

樹木は,台風によって幹折れや根返りにより死亡したり,枝葉の一部が無くなる。例えば,平成29年台風21号では,芦生研究林の構内や美山町も大きな被害が出た。森の被害を調べるために,2003年から長期モニタリングを続けている6ヘクタールの森林調査区で台風直後に調査した。その結果,樹木の被害率は以外に低く0.43パーセントであった。一斉風倒でなければ,台風による死亡率は通常2パーセント以下であり,さほど被害は大きくない。さらにどんな木が台風で幹折れしやすいかを調べたところ,幹の内部が腐朽しているほど幹折れが発生しやすいことがわかった。芦生,広島,佐渡の天然林で調査したところ,8~43パーセントの個体に幹の腐朽が生じていた。特に大径木になるほど腐朽しやすい。人工林施業で長伐期化する場合は,腐朽が入る確率が高くなり,その結果,台風による幹折れ被害に遭いやすくなることを考慮するべきである。

台風で樹木が死亡すると,林冠が開ける(これを林冠ギャップという)。林冠ギャップでは光環境が改善し,芽生えや若木が育つ。こうして樹木の世代交代や樹種交代が起こっていく。台風等の撹乱がなければ遷移が進行して,遷移後期種からなる森林へと発達する。撹乱がある程度あると,ギャップ下には遷移初期的な種が入ることができる。さらに撹乱頻度が増えると,遷移初期種からなる森林になる。このように,撹乱が中程度であれば,遷移後期種と初期種が混在し,種多様性が高くなる。これを中規模撹乱仮説という。実際に,森林長期データから中規模撹乱仮説が実証されている(Yamada et al. 2011)。このように,台風は森の種多様性を維持するという重要な役割をもっている。

日本の森は台風にさらされてきた。特に南方の森林ほど,常に台風の影響を受けており,そのなかで今の森林は発達してきた。Ibanez et al. (2019)は,環太平洋各地の森林を比較すると,台風やハリケーンの強さが強い地域ほど,面積あたりの幹の本数が多く,森林の高さが低い傾向が見られた。つまり台風が強い地域の森は,被害と回復を繰り返すなかで,台風に対するレジリエンスが高い構造を有するようになり,動的平衡を保っていると考えられる。

ところが,こうした森林と台風の関係が変わりつつある。つまり平衡状態が崩れるのではないかと危惧される。その理由の一つはニホンジカの個体数増加である。芦生研究林を例にとれば,2000年頃からニホンジカの過採食により植生衰退と裸地化が進行した。樹木の若木や種子までもが食べられており,林冠ギャップができても世代交代がおこらず,林冠ギャップが空いたままになっている。台風のたびに林冠ギャップが生じ,それらが埋まらないのであるから,いずれは森林がなくなってしまうかもしれない。さらに近年は,地球温暖化にともない台風の巨大化が危惧されている。

ではなぜニホンジカは増えたのか。人工林の拡大,オオカミの絶滅等様々な理由が挙げられているが,ハンターの減少が直接的な要因の一つであると言われている。1970年代以降,経済成長にともない農山村から都市へと人口が流出し,過疎化が進んだ。さらに多様な娯楽が増え,狩猟に対するマイナスイメージもでてきた。結果,ハンターが減り,シカの個体数が増加した。高齢・過疎化した農山村では管理不足によるヤブが多く動物が出没しやすい。このように,農山村に人が少なくなるという社会の変化がシカの問題を引き起こしている。都市の住民も決して無関係の問題ではないのである。

こうした課題を少しでも解決しようと,京都大学フィールド科学教育研究センターでは,2018年から「森里連環学に基づく豊かな森と里の再生」というプロジェクトを始めた。これは,森と里の課題のつながりを理解し,研究者と多様な方との協働によって課題解決を図るものである。こうした取り組みは「超学際」と呼ばれ,Future Earth等の環境問題の解決を目指す研究プログラムでも提唱され,SDGsの達成にも重要と言われている。こうしたアプローチで,森から学び,未来世代に引き継いでいきたいと考えている。

 

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