京都伝統文化の森プロジェクト

コラム

2020年07月17日 伝統文化の森

山林の災害防止が安全なまちづくりに果たす役割
里深好文(立命館大学 理工学部環境都市工学科 教授,防災フロンティア研究センター センター長)

平成15年に熊本県水俣市の山中で発生した斜面崩壊は土石流となって山麓の集落を襲い,死者19名の大被害を引き起こしました。毎年のようにこういった災害は繰り返されています。豪雨や強い地震は時として山腹斜面に崩壊を生じさせ,崩土は水と混じり合って樹木を巻き込み,谷を流れ下って人の命や財産に大きなダメージを与えます。このような災害は土砂災害と呼ばれますが,その形態によって「土石流」「地すべり」「がけ崩れ」等に分類されます。
 
土石流とは山腹や川底の土砂が,大量の水と混じり合って,津波のように谷を流れ下る現象です。土石流の先頭部分には大きな石や岩や流木等が集まって,小山のように盛り上がることがあります。移動速度は時として時速40キロメートルに達し,中には直径数メートルもある大きな岩が混じったものもあります。1984年に長野県の御岳でマグニチュード6.8の地震によって発生した大規模崩壊は巨大な土石流となって12キロメートルも流れ下りました。
 
地すべりとは必ずしも急斜面とはいえないような山腹斜面が雨や地震を契機としてゆっくりと動く現象です。通常,地面の下は硬さや性質の違う土や岩石が層状に積み重なってできています。その中には変形に対する抵抗力が弱い層(弱層と言います)も含まれていることがあります。地下水が粘土のような滑りやすい層に浸透しますと,地下に水がたまりやすい所ができ,そこから上の地面が浮き上がって滑り始めるのです。地すべりは比較的ゆっくり動くことが特徴ですが,突然そのスピードが増すこともあります。
 
がけ崩れは急な斜面が突然崩れ落ちる現象です。崩れた土砂は,斜面の高さの2倍くらいの距離まで届くことがあり,時として住宅に大きな損傷を与えます。がけ崩れも地震や大雨によって発生します。前触れがあまりなく,突然発生しますので,家の近くで起きると逃げ遅れる人が多くなります。
 
山地から流れ出る渓流では,鉄砲水と呼ばれるあまり土砂を含まない洪水も発生します。近年,流木を大量に含む事例も発生しており,その被害が顕著になっています。流木が谷出口付近の住宅を直撃して破壊することもありますし,流木が橋等に引っかかって川をせき止めてしまうために,大規模な洪水や氾濫が起きることもあります。以上のことから,土砂災害の危険を減らして安全なまちを創るためには,まちに近接する渓流や山地斜面を保全する必要がある,ということが理解できると思います。
 
次に土砂災害の対策法を示したいと思います。まずは土石流です。水と土砂と流木が混じりあって谷から流れ出す土石流は,渓流に砂防ダムや流木止めを設置することによってその危険性を大幅に減少させることができます。谷の規模は通常それほど大きくないので,水をすべてため込むことは不可能ですが,岩や土砂あるいは流木をダム上流のポケットで受け止めることで,下流の河道が土砂や流木で埋め尽くされることによって発生する大規模な氾濫を抑えられます。
 
がけ崩れや地すべりに対しては,斜面に杭を打ち込んだり,コンクリートや鉄材で擁壁や枠を造って土砂の移動を抑えこんだりします。斜面内に水抜き井戸を入れて土砂移動の元になる地下水位の上昇を抑える場合もあります。
 
以上のように,現在,人工構造物によって土砂災害を防止・軽減することは可能です。ただ問題は,コンクリートや鉄の構造物がその場にふさわしいかということです。たとえその効果が大きくても失うものが多いと,人々が求める対策とはかけ離れてしまいます。また,費用がかさむとの批判もあります。そこで登場したのが樹木による災害防御のアイデアです。「自然に優しい」とか「山や川の本来の姿を取り戻す」といったキャッチフレーズが注目されました。例えば「緑のダム」の構想においては「良い森林を維持すれば,雨の時には水を蓄えてくれて,その後長い期間にわたって少しずつ水を河川に供給してくれる」と言われてきました。「良い森林は災害の防止に役立つ」との説は広く受け入れられています。たしかに,森林を大規模に伐採すると山地斜面が雨で侵食されやすくなり,結果として土砂移動が多発することは事実だと思われます。そのため,災害後の報道では,従来の土砂災害対策に代えて森林を整備すべきではないかとの声が取り上げられるのでしょう。土砂災害を防ぎたいとの願い,自然を大切にしなかったために災害が起きたのではないだろうかとの反省,自然と人間との関わりを回復することこそが必要なのではないかとの思い,これらが混ざり合って強い声になるのでしょう。これに対し私は,森林整備は土砂災害の防止軽減に対し必要条件ではあるが十分条件ではないと考えています。人工林を放置するのは論外ですが,整備しさえすれば土砂移動を必要なレベルまで抑制できるわけではありません。今後,雰囲気ではなく,樹木根系の強度や強風時の植生の揺動の影響といった事実を積み重ねることにより,森林の災害防止機能の適正な評価が行われることを期待します。
 
一方で,それでも森林は土砂災害を防ぐという考え方もあります。兵庫県の六甲山系では「グリーンベルト」という土砂災害対策がなされています。人間社会と山地部の間に緑地帯を設けて,これをバッファーゾーンとして活用しています。森林は土石流の発生そのものを完全には止めることはできないものの,土石流の元になる土砂の生産の抑制や,人間が危険なエリアを無秩序に開発することを抑えることで,土石流災害の危険度を減少させることができるという考え方です。渓流沿いの立木をしっかり管理すれば,流木発生量もコントロールできるはずです。
 
以上のように,山林の適正な管理は,近接するまちの安全確保のために必要不可欠です。ただし,森林を過信しないことも必要です。自然破壊は災害リスクを高めますが,「自然を大事にすれば災害が無くなる」とは言い切れないのです。
 
 
 
文責:里深好文
   立命館大学 理工学部環境都市工学科 教授
   防災フロンティア研究センター センター長

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